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話題23 | ■佩文詩韵》應該休息了 中山逍雀 2007/1/14(日)08:55返事 / 削除

前言
 日本では多くの漢詩創作者が《佩文詩韵》を用いているが、中國では既に現代韻へと移行しつつあり、《佩文詩韵》は過去の文化と成りつつある。この事について書かれた小論が、1995年8月19日《中國楹聯報》に掲載されていたので紹介しよう。

《佩文詩韵》應該休息了

 現在、我が国の詩詞楹聯界では、《佩文詩韵》の四声平仄を主張する者と、現代漢語の四声平仄を主張する者とが居る。
 我が国の国土は広く人口も多い。様々な歴史に依る漢語方言の方言区は以下の如くである。
1−北方方言(官話区)
 東北三省・河北省・河南省・山東省・山西省・陜西省・甘粛省・安徽省・四川省・江西省・湖北省・雲南省・貴州省、などと、廣西北部・江蘇北部・南京・鎮江、などの地域で、使用人口は漢族総人口の75%以上である。そして北京話を代表とする。
2−呉wu2方言
 浙江省と江蘇省南部で、使用人口は漢族総人口の9%である。上海話をその代表とする。
3−?min3方言(○=門+虫)
 福建省・台湾省・海南省・広東省の潮州・汕頭地区で、使用人口は漢族総人口の4%である。福州話と夏門話をその代表とする。
4−粤yue4方言
 広東の大部分・廣西南部で、使用人口は漢族総人口の5%である。廣州話を代表とする。
5−客家方言
 廣東東部・南部・福建西部・江西南部・廣西東南部で、使用人口は漢族総人口の4%である。廣東梅州話代表とする。
6−
 北方の方言の中には、未だ少しの方言区がある。晋方言・鄂方言・湘方言・?min3方言(○=門+虫)などである。
7−
 外国の幾千万の華僑は粤方言・?方言・客家方言とをそれぞれに使っている。

 時代は、随から唐清に至り、幾人もの言語学者が所説を立て、朝廷は政令を発布して、漢語を統一することに貢献した。
 孫中山先生が民國を誕生させた後、著名な言語学者“趙元任先生”が創造した注音字母は1913年(民國2年)に讀音の統一を為した。北洋政府教育部が1918年に正式に公布し民国政府は1930年に正式名称を“注音符號”とし、全国学校《国文》教科書の漢字全部に注音符号を付けた。
 人民共和国成立後、積極的に現代漢語(簡称“普通話”)の漢字讀音統一を以下の如く加速させた。《人民日報》1955年12月26日《爲促漢字改革、推廣普通話、実現漢字規範化而努力》の社論を発表した。国務院は1956年2月6日全国各地に向けて、《関于推廣普通話的指示》を表明した。そして明確な指示として:普通話とは、北京音を標準音と為し、北京話を基礎方言と為す。以て現代白話文の著作は普通話を規範とすること。
 1958年2月11日第一回全国人第五次会議では、北京語音を標準音と為す事とされた。《漢語?音方案》(以拉丁字母代替注音符号)。
 この様な努力の結果、現在では現代漢語が通用する中華大陸は、空前の普及と空前の統一に到達した。そして現代漢語は既に、学校教育、新聞、書籍、雑誌、テレビ、ラジオ、公文書の往来など、みな現代漢語を用いている。更に外国の許多の学校も、又現代漢語を教育している。依って、普通話は我が国各族人民の共同の言語(台湾称国語)と成った。
 第28回国聯大会会議は1973年12月18日に行われ、我が国現代漢語は、英語・フランス語・ロシア語・スペイン語と並んで、國聯大会と、安全保証理事会の公式語文の一つと成った。そして、世界の許多の国家で現代漢語は廣汎に用いられている。

 《佩文詩韵》は清朝《佩文韵府》の簡編本で、これは清朝官吏登用試験のテスト用の韵書である。これ以前随編《切韵》では、四部に分けられ、各々平、上、去、入とされ、共に206部である。《切韵》は唐代に改名されて《集韵》として刊行され、約206部と成った。その後、金代の王文郁が西暦1229年に編纂した《新刊平水禮部韵略》がある。これは、206部を再編して106部と為した。南宋平水の人、劉淵が1252年編輯した、《壬子新刊禮部韵略》は107部である。世人は将に“王・劉”二人が編纂した韵書を簡称“平水韻”とした。《佩文詩韵》は《壬子新刊禮部韵略》を沿用して106韵とした。

 漢語書面語発展を四時期に分けると、先ず西暦303年迄が第一期として古漢語。304-1263年が第二期として、中古漢語。1264-1918年が第三期、近古漢語(也称近代漢語)。1919-年から第四期、現代漢語である。漢語は二千有余年の四時期を経て大発展を遂げ、古漢語の四声(平、上、去、入)、は既に現代漢語の四声(陰平、陽平、上聲、去聲)と成った。現在では古語の入聲字は既に消失した(些かの文字は、現代漢語の陰平、陽平、上聲、去聲に并入された)。
《佩文詩韵》は平水韵の再版である。そして平水韻は随、唐の韵書編を根拠としているから、実際のところ《佩文詩韵》は、中古漢語である。だから、現代漢語と《佩文詩韵》を比べて読むと、二つの相違点が現れる。

 1−《佩文詩韵》中の許多の仄聲字は、既に現代漢語の平聲字に成っている。例えば以下の如し
攝・疾・橘・菊・局・識・棘・撃・即・急・級・輯・緝・集・吉・及・激・籍・藉・以下省略します。

2−《佩文詩韵》の中の幾つもの同韵とされる文字が、現代漢語では同韵ではない文字があります。例えば“四支”の中の、吹・皮 や“五微”の中の、機・“八齋”の中の、奎 “十三元”の中の、坤など枚挙に遑がありません。
            完了
           中山逍雀
原載1995年8月19日《中國楹聯報》

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